黒澤明監督の1991年の映画。舞台は戦後45年を経て、1990年の長崎のどこか山奥の田舎が舞台。鉦お祖母さん役を村瀬幸子が演じるが見事。物語は誰もが分かりやすいプロットに見事にまとめられている。日本とアメリカそして原爆、そして亡くなっていた人々。長崎の原爆で夫を無くした鉦お祖母さんとそれをとりまく世代。映像は失われつつある田舎の藁葺き屋根の屋敷、山林、日本の夏の夕暮れ時の蝉の音など映し出し、映像美は余情に溢れる。世代間の対比、MIT、USC、Blooklynなどのロゴが入ったTシャツを着る孫たちの姿は、アメリカへ抱く若い世代のイメージを巧く捉えている。映画の中の一コマのなかにある沈黙もまた一つの対話であるというように日本人の美的感性を諸方に鏤められており、こうした場面が織りあわされ構成されている。
兄弟が10人以上もいたあまり、鉦お祖母さんの記憶のなかで定かではなはいが、ハワイへ渡り、兄の息子(リチャードギア)が映画の中で繰り返し
究竟涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪
即説呪日 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦
菩提薩婆訶 般若心経
と反唱される真言宗の般若心経を唱える原爆の供養集会所に顔出し、死者の冥福を祈る場面も映像の音としても純粋に美しい。その含みある意味としても意味があるのだと思うがそれは観る人の解釈に因るだろう。
智慧よ、智慧よ、完全なる智慧よ、完成された完全なる智慧よ、悟りよ、幸あれ。